おひつとしゃもじ論争
こんにちは。シンです。
今回はTwitterで話題になった、しゃもじとおひつを置く位置のお話です。
みなさんもTLで見たことあるんじゃないですかね。
夫と一泊二日旅行に来てるんですけど、旅館で毎回毎回、上座に座ろうが下座に座ろうが妻の方に置かれるおひつとしゃもじが辛くてね😂
— LiB羊 (@otakukonyakusya) 2017年10月21日
私はもういいんだけど、外国人観光客にもまさか同じことしてるんじゃねえだろうなって心配になる。お願いだからやめてね、本当…。心配だよ。 pic.twitter.com/fq2az5CGTm
このツイートはTwitter上で広く拡散され、様々な議論に発展しました。
以下、このツイートとリプライを見て思ったことを書きます。
はたして「気にしすぎ」なのか?
このツイートに対する反応を見ると、「気にしすぎ」「いちいちそんなことで目くじらを立てるなんて心が狭い」というものがあります。
かくいう僕も、自分が旅館に泊まったとして、仲居さんがおひつをどこに置くかなんて気にもとめないと思います。
しかし、それは「おひつとしゃもじ」に気を取られすぎなんだと思います。
「おひつとしゃもじ」は氷山の一角
「おひつが女性側に置かれる」という事案の背後には、「女性は男性の食事に関して面倒を見るべきだ」という性役割の押しつけがあります。さらに広く言えば、「家事は女性がやるものだ」という社会的圧力です。「家事」というのは様々な事柄に関連していますよね。掃除、料理、洗濯etc・・・そのそれぞれに関連して「女性がやるものだ」という押しつけが表れる事案が起こる訳です。例えば「夫婦で洗濯機買いに行ったら妻の方ばかり見て説明された」とかですかね。
きっと似たようなことがたくさんあるのでしょう。似たようなことあればあるほど一つ一つの事案が気になると思うのです。そして、より似たような事案に気がつきやすくなると思うのです。
一つだと、まあいいか、ってなったとしても
たくさんあると非常に気になる
日常に潜む差別というものは「えっ、そんなこと気にする?」程度のものだったりします。被差別側でなければ特に。
差別は全力で殴りかかってきません。真綿で首を絞めるようにやってくるのです。
「女は男より料理できるものだろう」だなんて言う人なかなかいないけど、「やっぱり女の子だから料理上手だね」と言ってしまう人はいるんじゃないでしょうか。悪意はないし、褒めているけど差別的でもありますよね。
男vs女という誤った構図
今回の「おひつとしゃもじ」に限らず、ある女性が女性差別を訴えると、 「いちいちこんなことで騒ぐなんて女は面倒」「俺たちだって差別されているから我慢しろ」という男性が現れがちです。そして女性側も男性を一括りにして批判しがちだったりします。落ち着きましょう。
性差別の議論を男vs女でするのは危険です。
女性差別に対する議論に過剰な拒否反応を示す男性の中には、自分が悪いと言われているように感じている人がいるのではないでしょうか。女性に対する差別は必ずしも男性が加害者であるとは限りません。前述の「やっぱり女の子だから料理上手だね」発言は母親が娘を男兄弟と比較して言う場合があるように。そして、女性差別は男性差別になり得るし、逆もまた然りですよ。
どうしても、自分が差別されている痛みはわかりやすいけど、他人が差別されている痛みはどうもわかりにくいから、男vs女になってしまうのでしょうけれども。
反転する性差別
ここで、「おひつとしゃもじ事件」に関連したツイートを出します。
似たような事案として、男女二人でご飯に行くと伝票は男側に置かれるということがあります。
— シン (@sinhuchitpa) 2017年10月23日
前に頼みごとのお礼として女性の友人が奢ってくれた際、友人が颯爽と僕の側から伝票を取り、クレジットカードと共に目を丸くする店員に出したことを思い出した。
伝票もおひつも真ん中に置けばいいのに。 https://t.co/QgzLEPgIVV
僕のツイートです。
いえーい。
これがやたらとバズったので、この記事を書いてみました。
伝票が男性側に置かれるというのは「男性は女性よりも稼がなくてはいけないし、女性の分のお金を払わなくてはいけない」という社会的圧力を感じます。これ、若い男性でプレッシャーを感じている方結構いるんじゃないでしょうか。ただでさえお金がないのに彼女の分まで払い、しかもそれが当たり前みたいな雰囲気はつらいですよね。
男女で所得格差があるから仕方が無いという意見が出てくると思いますが、それこそ性別関わらず収入は個人差があるでしょうし、大学生同士で男性が全部払っているともう悪しき風習だとしか思えないのですが、どうなのでしょうか。
そして、伝票を男性側に置くことは女性側に支払い能力がないと決めつけている点で女性差別であるという意見もあり、性別を理由に役割を分けてしまった時点で男性差別的でも女性差別的でもあります。
そもそもこの手の性差別に関する議論は男女二元論になってしまって良くないですね。
性差別というものは「男性らしさ」「女性らしさ」の押しつけなのです。ここで注意しなくてはいけないのが、押しつけてはいけないという部分です。「私女だけどご飯くらいよそうよ」「俺男だけどお金くらい払うよ」という方、お好きにどうぞ。でもそれを人に押しつけてはいけませんよ。
あらゆる差別について言えることですが、差別されている側の一人の意見は、差別されている側全ての意見ではないのです。
おひつとしゃもじの置かれた位置について「差別」という言葉を使うとニュアンスがきつすぎると感じられる部分もありますが、書きたいことはこんなもんですかね。
感想としては、おひつも伝票も真ん中に置くとクレームがくる場合があるようだけど、クレームつけるほど強い性役割分担の考え方がなくなっていった方が生きやすいと思いました。
シン